空母三隻で戦うのではなく、三つの海峡を押さえる――米海軍系動画が示す「幾何学の戦争」
・三つの海峡を押さえ「国家を窒息させる」という海軍戦略
・火力ではなく「位置」で戦争を設計する発想
・三つのチョークポイント
・空母分散運用という戦略的合理性
・イランのA2/AD(接近阻止)をどう無効化するか
・三つの海域に展開する「空母三角形(Carrier Triangle)」という構図
・戦争を“火力”ではなく“幾何学”で説明する軍事ストーリー
三つの海峡を押さえて、敵を“窒息”させる?
最近、米海軍系の解説動画で妙に印象に残るものが流れてきた。三隻の空母でイランを爆撃する話ではない。三つの海峡を押さえて、国を“窒息”させるという話である。
Facebook上の「Navy Media」系のアカウントから拡散されている動画で、米海軍の空母運用を題材にした軍事解説である。もちろん実際の作戦をそのまま説明しているとは限らないが、海軍戦略の発想をかなり印象的なストーリーで語っている点が面白い。特に目を引くのは、空母を一カ所に集中させるのではなく、三つの海域に分散させるという発想だ。動画の中で登場するのは、アラビア海に展開するUSS Abraham Lincoln (CVN-72)、東地中海から紅海へ移動するUSS Gerald R. Ford (CVN-78)、そして大西洋から東地中海へ向かうUSS George H. W. Bush (CVN-77)という三隻の空母である。
こちらの動画だ。映像も美しいのでぜひどうぞ。
https://www.facebook.com/reel/1855682775135421
この動画の語り口は独特だ。普通なら「三隻の空母で大規模攻撃を行う」と説明しそうなところを、あえて逆の言い方をする。「空母は拳ではなく刃だ」というのである。拳は一方向しか殴れない。しかし刃を三枚並べれば、三方向から同時に相手を切り裂くことができる。つまり火力を集中するのではなく、位置を分散することで相手の防御を崩すという発想だ。動画の中ではこれを「massではなくposition」という言葉で表現している。火力の集中ではなく、戦略的な位置の確保が戦争を決めるという意味だ。
3つのチョークポイントとホルムズ海峡
ここで登場するのが三つのチョークポイントである。ペルシャ湾の出口にあるStrait of Hormuz、紅海の南端のBab el-Mandeb、そして地中海と紅海をつなぐSuez Canalだ。世界の石油輸送の約二割がホルムズ海峡を通過し、紅海の入り口であるバブ・エル・マンデブ海峡は欧州とアジアを結ぶ海上物流の要衝となっている。さらにスエズ運河は世界貿易の一割以上が通過する大動脈だ。この三つの海峡は、エネルギー、物流、そして地域の安全保障を支える重要な回廊でもある。
動画の中では、これらの海峡を三隻の空母がそれぞれ押さえることで「幾何学」が完成すると説明される。アラビア海のリンカーンがホルムズ海峡をにらみ、紅海に移動したフォードがバブ・エル・マンデブ海峡を押さえ、そしてブッシュがスエズ方面に位置する。こうして三つの海峡を結ぶと、地図の上には三角形が描かれる。動画はこの配置を「三つの壁」「棺の蓋が閉まる」といったかなり劇的な言葉で表現している。もちろん映像としては演出が強いが、海上交通を制御するという海軍戦略の発想自体は決してとっぴなものではない。
実際、海軍の戦争は必ずしも艦隊決戦だけで決まるわけではない。歴史的に見れば、海軍が重視してきたのは敵艦を沈めること以上に、海上交通を支配することだった。英国海軍が第一次世界大戦でドイツを封鎖した戦略もそうだし、キューバ危機の際に米海軍が行った海上封鎖も同じ発想である。敵の補給や貿易を止めれば、戦争は経済や兵站の段階で行き詰まる。動画はそれを「爆撃ではなく包囲戦」と表現している。
さらに動画は、戦術的な描写にも具体的な兵器名を織り交ぜている。たとえば、F-35C Lightning IIが先行して防空網の内側に入り、レーダーが作動するとEA-18G Growlerが電波発信源を捕捉する。そしてそこへAGM-88G AARGM-ERが発射され、レーダーサイトを無力化する。さらにArleigh Burke-class destroyerからTomahawk cruise missileが発射され、沿岸の指揮施設やミサイル基地を攻撃するという流れだ。もちろん実際の作戦はもっと複雑だろうが、こうした具体的な兵器名が出てくることで、動画のストーリーには独特のリアリティが生まれている。

Map created by the author using Google Maps
勝利の条件は世界の物流の拠点を押さえること
そして動画の結論は少し変わっている。三隻の空母が勝利するのは、武器をたくさん積んでいるからではないというのだ。むしろ重要なのは、世界の物流を支える三つの海峡という「位置」を押さえることだという。ホルムズから石油が出られず、バブ・エル・マンデブ海峡を通じた補給が止まり、スエズを経由する物流が遮断されれば、国家の経済や軍事はやがて窒息する。動画はそれを「火力ではなく幾何学」と呼んでいる。
もちろん、これはかなりドラマチックに作られた軍事解説動画であり、現実の作戦がそのままこの通りになるわけではないだろう。しかし、海軍戦略を考える上で興味深い視点を示していることも確かだ。戦争はしばしば火力や兵器の性能で語られるが、実際には物流や補給、そして海上交通をどこで押さえるかという「位置」の問題が戦局を大きく左右することもある。
今回の動画は、その海軍戦略の発想を、空母三隻と三つの海峡というわかりやすい構図で示している。実際の作戦かどうかはともかく、軍事を考える上でなかなか示唆に富む内容と言えるだろう。少なくとも、海軍というものが単に航空攻撃のための巨大兵器ではなく、世界の海上交通そのものを動かす戦略装置でもあるという点を、改めて印象づける動画ではあった。
空母分散 接近阻止戦略 空母三角形 というストーリー
この動画を単なる軍事解説として見るよりも、安全保障の観点から見ると、もう少し興味深いポイントがある。動画が実際に狙っている説明は大きく三つに整理できる。第一に「空母分散=戦略的合理性」という考え方である。空母を一カ所に集中させて圧倒的航空攻撃を行うのではなく、複数の海域に配置して相手の戦略空間を分断するという発想だ。第二に、イランが長年構築してきた接近阻止戦略、いわゆるA2/AD(Anti-Access / Area Denial)をどう無効化するかという問題である。そして第三が、三隻の空母を三つの海域に配置する「空母三角形(Carrier Triangle)」というストーリーである。動画はこの三つを一つの構図にまとめている。
もちろん実際の作戦は、ここまで単純なものではない。現実の作戦はUnited States Central Command(CENTCOM)の統合運用の下で、空母打撃群だけでなく空軍基地、長距離爆撃機、潜水艦、同盟国戦力などを含めた多層的な作戦として組み立てられるはずだ。しかし、この動画はそうした複雑な構造を理解させるために、あえて一つのストーリーに整理しているとも言える。
その意味で、この動画が示しているのは三つの重要な発想である。第一に、空母の火力そのものではなく「位置の戦略」で戦争を考えるという視点だ。第二に、海峡や海上交通路を押さえるチョークポイント戦略、つまり海上封鎖という古典的だが依然として強力な海軍戦略である。そして第三に、それらを「幾何学」という言葉で説明する戦略工学的な物語である。地図上で三つの海峡と三隻の空母を結ぶことで、戦略空間そのものを設計するという発想だ。
火力ではなく幾何学 単純な空爆作戦ではない
この視点で見ると、動画のストーリーは単なる空爆作戦の説明ではない。むしろ海上交通と物流の構造をどう押さえるかという、海軍戦略の本質を示す説明になっている。ホルムズ海峡、バブ・エル・マンデブ、スエズ運河という三つの回廊を押さえることで、国家の経済や補給線をどう制御できるのか。動画はそれを「火力ではなく幾何学」という印象的な言葉で表現しているのである。
この点は、安全保障を考える上でも見逃せないポイントだろう。戦争はしばしば兵器の性能や火力で語られるが、実際の戦略はむしろ物流、補給、そして海上交通という構造の上に組み立てられることが多い。今回の動画は、その海軍的な発想を、三隻の空母と三つの海峡というわかりやすい図式で説明したものと言える。現実の作戦がこの通りであるかどうかとは別に、海軍戦略の思考法を示す材料としては、なかなか興味深い内容である。
石油備蓄放出に至る日本、いつまで続くのか?
こうした海峡と海上交通の問題は、決して遠い中東の軍事ニュースではない。日本にとっては、日々の生活や経済に直結する問題でもある。実際、現在ホルムズ海峡をめぐる緊張の高まりを背景に原油価格は上昇し、日本国内でもエネルギー価格への影響が出始めている。政府はこれを受け、ガソリン価格の急騰を抑えるための対策を打ち出した。報道によれば、政府はガソリン補助金を再開し、レギュラーガソリン価格を1リットル当たり170円以下に抑える方針を決めた。対象はガソリンだけでなく軽油、重油、灯油にも広がり、航空機燃料の価格抑制も支援するという。また、中東情勢の悪化を受けて石油備蓄の放出も検討されており、日本経済への影響を最小限に抑えるための対応が進められている。
日本はエネルギー資源の多くを海外からの輸入に依存している。その輸送路の多くがホルムズ海峡を通過していることを考えれば、この海峡の安定は日本にとって極めて重要な意味を持つ。今回紹介した動画が描いているように、海軍戦略では海峡や航路といった「チョークポイント」がしばしば戦略の中心となる。遠く離れた海域の緊張が、日本のガソリン価格や物流コストに直結するのは、まさにそのためだ。
もちろん、軍事的な緊張が長引くことは誰にとっても望ましいことではない。海上交通が安全に維持され、エネルギーの流れが安定することが国際社会にとって最も重要である。今回の動画が示しているような海軍戦略の議論は、その背景にある海上交通の重要性を改めて考えさせるものでもある。中東情勢が早期に安定し、ホルムズ海峡をはじめとする海上交通路の安全が回復することを期待したい。世界の海の安全が保たれることは、日本を含む多くの国の生活と経済を支える基盤でもあるからだ。
動画ライブで順番に説明しています。こちらの登録もぜひどうぞ。
ホルムズ海峡の裏側 トランプ会見で語られた中国エネルギー問題 https://www.youtube.com/live/nRErp7VEu9Q?si=_32D7rrz32cEnHm2 @YouTubeより
2026年3月11日
トランプは戦争をどう使うのか ― 石油とMAGA(Make America Great Again)ーイラン・ベネズエラ・米中会談について
2026年3月10日
ホルムズ海峡の裏側 トランプ会見で語られた中国エネルギー問題 https://www.youtube.com/live/nRErp7VEu9Q?si=_32D7rrz32cEnHm2 @YouTubeより
2026年3月8日
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