なぜウクライナは大国ロシアと闘い続けられるのか――軍事国家ではなく「戦時技術国家」になった国
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ウクライナは、なぜ大国ロシアと闘い続けられているのか。単なる「西側支援」では説明できない、国民動員・領土防衛軍・戦時体制の現実を解説しました🔍メンバーシップでは、このような一歩踏み込んだ安全保障・国際情勢のライブをお届けしています✨ぜひこちらもご視聴ください😊
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ウクライナが、なぜ大国ロシアとここまで闘い続けられているのか。
「西側諸国が支援しているから」だけではこれを説明できない。
もちろん、米国、欧州、NATO諸国の武器・弾薬・情報支援は大きい。しかし、それだけで国家は四年以上も全面戦争を続けられない。支援を受け取るだけの国であれば、前線は維持できても、自国で次々に新型兵器を開発し、ドローンを改良し、ロシア奥地の軍事・エネルギー施設を攻撃する能力までは持てない。
ウクライナが持ちこたえている理由は、勇敢さだけではない。旧ソ連時代から残った軍需産業の骨格、2014年クリミア以後の危機感、国民を巻き込む領土防衛の仕組み、そして戦場から技術者へ戻る異常に速いフィードバックが合流したからである。
ウクライナは、全面侵攻によって「支援される国」から「自ら兵器を生み出す戦時技術国家」へ変わった。
旧ソ連の軍需産業が集中していたーウクライナ
ウクライナは、もともと軍事的に空白の国ではなかった。

ソ連時代、ウクライナにはミサイル、航空機、戦車、エンジン、造船、レーダー、電子機器、弾薬、重工業など、軍需産業に関わる施設や技術者が多く存在していた。
ドニプロにはロケット・ミサイル関連の巨大拠点があり、ハルキウには戦車・装甲車両の技術基盤があった。アントノフに代表される航空機産業も、ウクライナの重要な技術的遺産である。
ソ連崩壊後、ウクライナ経済は大きく混乱し、軍も腐敗や老朽化に苦しんだ。
中国初の空母「遼寧」は、ウクライナから購入した未完成のソ連製空母「ヴァリャーグ」がベースだったことを覚えているだろうか。1998年に中国企業がカジノ目的を偽装してウクライナからこの「ヴァリャーグ」を買い取り、2002年に大連へ回航、その後9年かけて改修され2012年に就役した。ウクライナから旧ソ連の軍事技術、特に核兵器が全世界のテロリストに流れていくことを懸念した米英ロシアは「ブダベスト覚書」を締結。核兵器をロシアに返還させた。
その後、ウクライナの軍事産業は衰退していった。
軍事技術のベースはウクライナに残っていた。
ウクライナの技術者、設計思想、金属加工、エンジン、航空宇宙、ミサイル、重工業の記憶は完全には消えなかった。普通の国が、いきなり長距離ドローンや巡航ミサイルを作ることは難しい。
だが、ウクライナには、旧ソ連の軍需産業を支えた地域としての土台があった。
そこに現代のIT人材、民生ドローン、電子工作、スタートアップ文化、西側部品や資金、そして実戦からのフィードバックが一気に流れ込んだ。
だからウクライナは、単に武器をもらうだけの国ではなく、自国で兵器を改良し、生み出す側に回れたのである。
「ブダベスト覚書」ーウクライナの保護を約束した国が侵略。

繰り返しになるが、ウクライナがソ連崩壊時に、世界有数の核兵器を自国領内に抱えていた問題について説明しよう。旧ソ連崩壊後に大量の核兵器がウクライナ領内に残されていた。
その後、1994年のブダペスト覚書によって、ウクライナは核兵器を放棄し、核不拡散条約に非核兵器国として加わる道を選んだ。
米国、英国、ロシア等の締結国は、ウクライナの主権と領土保全を尊重する安全の保証を与えた。ウクライナの安全をその3国が保証することが、核兵器返還の見返りにあった。
しかし、これはNATOの集団防衛条項のように、自動的にウクライナが軍事侵攻されれば、軍事介入を約束するものではなかった。その曖昧さが、のちに重い意味を持つことになる。
ウクライナの保護を約束したその当事者国「ロシア」がウクライナに対しての野心を軍事侵攻という形で表したからだ。保護するはずの国が軍事侵攻を仕掛ける。条約とはこれほどもろいものなのかと呆れかえる。
ロシアのクリミア併合と全面軍事侵攻
2014年、ロシアはクリミアを一方的に併合した。
そして2022年、ロシアはウクライナへの全面侵攻に踏み切った。
安全を保証する側にいたはずのロシアが、ウクライナの領土を奪い、全面戦争を始めたのだ。ウクライナにとって、この事実は許しがたいものだろう。
だからこそ、ウクライナ社会には「もう誰かの約束だけには頼れない」という感覚が根づいていったのだろう。
ロシアの軍事侵攻は2014年のクリミアからすでに始まっていた。クリミア併合後、ウクライナ東部では戦闘が続き、ウクライナは長い時間をかけて戦争と向き合ってきた。
全面侵攻までの8年間は、決して平和な準備期間ではなかった。小規模な戦闘、領土喪失の記憶、ロシアの情報戦、軍の再建、民間人の防衛意識の変化と静かにウクライナは戦う体制を整えていった。この時間があったから、2022年の全面侵攻時に、ウクライナは完全な無防備な状態ではなかった。積み上げた警戒は形になっていた。
もちろん、多くの犠牲を出し、都市は破壊され、国民生活は激変した。それでも、国家として崩れなかった背景は、2014年以後の積み上げた経験があったからだ。
領土を奪われた国は変わる。
国民の防衛意識、産業、情報、外交、地域防衛をどう組み直すのか。ウクライナは、その厳しい現実の中に置かれてきた。ウクライナは2013年に徴兵制をいったん廃止し、2014年のクリミア併合とドンバス危機を受けて、徴兵制を再導入した。
戦時体制ウクライナ軍・防衛部隊の規模は、公開推計で現役兵力はおおむね88万〜90万人前後とされる。予備役や潜在的な動員力まで含めれば、さらに大きな数字になる。
ウクライナには正規軍、領土防衛軍、国家親衛隊、動員兵、後方支援要員など、様々な組織があり、どこまでを含めるかによって数字は変わる。
それでも重要なのは、ウクライナがすでに平時の軍隊ではなく、国家総動員型の戦時体制になっているという点だ。ロシアという大国に対して、ウクライナは人口でも経済規模でも劣る。だからこそ、戦い方を変える必要があった。
すくない人的資源を無駄に消耗させない戦い方が必要だった。
だから、ドローン、電子戦、長距離攻撃、情報戦、民間技術を活用し、少ない資源で最大限の効果を出そうとした。ここに、ウクライナの強さと苦しさがある。
領土防衛軍という発想
ウクライナの特徴の一つが、領土防衛軍の存在だ。
これは、通常の正規軍とは別に、地域住民が志願し、訓練を受け、自分たちの地域が攻撃されたときに防衛に参加する仕組みだ。本来は、民間人として生活を続けながら一定の訓練を受け、非常時に地域を守るという性格のものだ。しかし、全面侵攻後は、戦争の規模が大きくなり、領土防衛軍も現在は軍隊に近い形で動いているところがある。
国防は正規軍だけでは立ち行かないという発想
「国防を正規軍だけに任せない」という発想は重要だ。
日本では、防衛は自衛隊だけの仕事だと考えられがちである。
国民保護、避難、地域防衛、通信、医療、補給、災害対応まで本当に23万人ていどしかいない自衛隊だけに任せるので大丈夫かという議論はほとんどされていない。
ただでさえ国家防衛にかかわる自衛隊員の人員数は少なすぎる。それで、地域や国民をどう守るのかという問題意識はまだ弱い。
もちろん、日本がウクライナと同じ制度をそのまま導入できるわけではない。歴史も憲法も社会意識も違う。しかし、国防を軍だけに押し付けず、地域社会と接続する発想は、学ぶべき点がある。ウクライナは、国民が皆兵士になった国ではない。しかし、国民が国防を他人事にできなくなっただけだ。
しかし、ウクライナが大国と闘っているのをみて、日本が現在の23万人弱の自衛隊であのように継続して戦えると考えるのは甘い。なぜ、ウクライナが戦えるのか。このことをしっかり事実確認してその体制を作り上げなければ、台湾有事に対抗できる力を持つことはできない。
ウクライナに学ぶところは多い。
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