杉田水脈氏インタビュー 政治家×大学進学という新しい生き方

自民党杉田水脈氏が2つ目の学士号(Second Bachelor’s Degree)を目指す理由
杉田水脈氏が自民党大阪5区の支部長として新事務所を開設、新事務所を訪問し大学進学についてお話をきいた。
政治家が大学に通う──その事実だけでも十分に珍しい。今回のインタビューを通じて、杉田水脈氏の挑戦する姿に「学び直し」という意味を見たように感じた。
杉田氏が再度の大学進学を決めた理由は、資格や肩書きではない。アメリカでは2つ目の学士号(Second Bachelor’s Degree)の取得は珍しいことではなく、成人後にキャリアの節目で学位や博士号を取得する人も多い。
一方、杉田氏はもともと犯罪心理学や異常心理学への関心があり、「人はなぜそうなるのか」という根源的な問いを持ち続けていた。この好奇心が出発点だった。
そこに、周囲からの助言が重なる。児童福祉に関わってきた経験を踏まえ、改めて体系的に学ぶことが社会的信用にもつながる──そうした現実的な視点も後押しとなった。
彼女の選んだ大学は入試がなく、志望理由書と成績証明書で出願できる。突然の衆議院選挙の影響で、合格発表は選挙戦の最中だったという。すでに学位を取得していたこともあり、3年次編入となった。この制度によって短期間での学位取得が可能となる。「働きながら学ぶ」という現実に適合した設計だ。
しかし、その中身は決して軽くない。
1科目15コマの講義を8科目履修するとなれば、相当な時間を要する。時間割も自ら組む必要があり、完全な自己管理型だ。政治活動と並行してこなすには大きな負担となる。それでも、教科書を開けば夢中で読み進めてしまう時間があるという。
政治家としての活動と学業の両立は容易ではない。それでも続ける理由は明確だ。「後に続く人の道になるから」。この言葉に、この挑戦の本質がある。
しかし、50代、60代でも学び直してよいという当たり前のことを、母であり政治家でもある杉田氏は行動で示している。
年齢は「学び直し」を妨げる要因ではない。
興味深いのは、学びに対する感覚の変化だ。大学時代は勉強が嫌いだったと語る。しかし今は「学ぶことが楽しい」と感じているという。
これは、かつてのように「周囲が行くから」「就職のために行くから」という受動的な学びではなく、自らの意思で「学びたいから学ぶ」という明確な動機に変わったためだろう。人は、自ら選んだ学びに対しては苦痛を感じにくい。
人生は変えられる。ある年齢を過ぎたら終わりではない。むしろ、そこから新しい選択肢が増えていく。
学び直しとは、資格取得やキャリア形成のためだけではなく、「未来をもう一度開く行為」なのかもしれない。
入学選抜の変化──社会人特別選抜という現実
「大学に入り直す」と聞くと、多くの人は試験の負担を思い浮かべる。しかし現在の日本の大学制度は、その前提から大きく変化している。
繰り返しになるが、社会人入学の多くは、従来の学力試験ではなく、志望理由書や面接、小論文、そして職歴や社会経験を含めた総合評価で合否が決まる「社会人特別選抜」に移行している。点数ではなく、「何を学びたいか」「どのような経験を持っているか」が重視される。
通信制大学や一部の私立大学では、書類選考のみで入学が認められるケースもある。志望動機と履歴が評価の中心となり、実質的に試験を課さない形も広がっている。
杉田氏が経験した3年次編入も重要な制度だ。すでに大学や短大を卒業している場合、一般教養科目を省略し、専門分野から学び直すことができる学校もある。時間に制約のある社会人にとって現実的な選択肢だ。
大学院ではこの傾向がさらに強まり、研究計画書と面接が中心となる。実務経験やこれまでの活動が直接評価され、論文や著作はそのまま学力の証明として機能することもある。
つまり、日本の大学制度は「試験で選抜する場」から「多様な経験を持つ人を受け入れる場」へと転換しつつある。
それにもかかわらず、「大学は若い人が行くもの」「今さら無理だ」という意識は依然として残っている。
制度は変わっているが、認識が変わっていない。このズレが、日本の生涯学習が広がらない一因となっている。
また、社会人は自らの時間配分を踏まえ、1年で単位を詰め込むのではなく、あえて2年に分けて取得するなど、柔軟な履修計画を立てることも多いという。仕事や日常生活とのバランスを見ながら学びを進めるためだ。中には、あえて単位を取りすぎないよう調整し、卒業を急がず、興味のある分野をじっくり学び続ける人もいるそうだ。

杉田水脈事務所で、高市早苗総理と共に著者も写真撮影
諸外国の生涯学習との比較
社会人の大学進学率は欧米と比べて低く、企業が学び直しの時間を十分に確保しているとは言い難い。そして「学びは若いときに終えるもの」という意識が、いまだに強く残っている。
諸外国の生涯学習と比較すると、この問題はよりはっきり見えてくる。
日本では、社会人の大学進学率は欧米と比べて低く、企業が学び直しのための時間を十分に確保しているとは言い難い。そして何より、「学びは若いときに終えるもの」という意識が、いまだに強く残っている。制度と現実のあいだにギャップがある。
たとえばアメリカでは、大学に年齢の概念はほぼなく、社会人や高齢者が学び直すことは日常的に行われている。2つ目の学士号を取得することも珍しくなく、キャリアチェンジのために分野を変えて大学に入り直すことは一般的だ。修士号も同様で、必要に応じて複数取得することも現実的な選択肢として存在している。
イギリスでは、学士は一度という考え方が基本にあるが、その分、修士課程が非常に柔軟に設計されている。社会人が1年間で修士を取得し、キャリアを転換するルートは広く確立されている。また、オンライン教育が発達しており、働きながら学位を取ることも現実的な選択となっている。
ドイツでは職業教育と大学教育が並立しており、一度職業の現場に出た後、改めて大学に進むという流れが自然に存在する。教育費の負担が軽く、「一度で終わる教育」と考えない人が多い。
フランスでは、国家資格が社会的評価の中心にあるが、その一方で社会人向けの再教育制度が整備されている。働きながら学び直す仕組みが支えている。
北欧に至っては、生涯学習は完全に社会の前提に組み込まれている。年齢に関係なく大学に入り直すことができ、教育費や生活費の支援も用意されている。40代、50代での進学は「挑戦」ではなく、人生の一部だ。 諸外国では、学び直しはキャリアの途中に何度も組み込まれている。必要に応じて何度でも大学に戻る。2度目の学士号や複数の修士号は、その延長線上にある自然な選択だ。
そうした時代に、日本では学び直しが「例外的な挑戦」として扱われやすい。制度は存在していても、それを使うこと自体に心理的なハードルがある。社会的にも、一時会社を辞めて学校に行くという行動に対して、企業の評価が高いとは言えない。
結果として、日本は「制度はあるが動かない社会」になり、欧米は「制度と文化が一致して動く社会」になっている。 この差は小さくない。
そして、だからこそ今、杉田水脈氏のような事例が重要になる。それは「前提を変える行動」だからである。誰かが道を切り開き、その道を踏み固めた後に多くの人が続くことになればと思う。
地盤・看板・鞄なしに政治に挑む「強さ」
杉田氏が政治の世界に入ったこと自体が挑戦だった。
政治の世界には「地盤・看板・鞄」という基盤が存在する。組織、知名度、資金。これらを持たずに選挙に挑むことは極めて厳しい。
杉田氏は、そのすべてを持たずにこの世界に入った。
「受け入れてくれる選挙区があるなら、その地域のために働きたい」
その思いで政治の世界に飛び込んだという。
実際に落選後、選挙区が決まらない時期もあった。選ばれた場所ではなく、「受け入れられた場所」で働く。その姿勢は、従来の政治家像とは異なるものだ。
だが、その道は平坦ではない。
高市政権が誕生したとき、彼女はそこにいなかった。「悔しい」という言葉が、そのまま口をつく。この感情は単なる政治的出来事ではなく、「関わり続けたかった流れから外れた」という実感だった。
だからこそ、再び挑戦する。
大阪5区の新事務所で、「チャンスをいただいた」と語った。その学び直しは、これまで取り組んできた児童福祉の分野において、より専門的な裏付けを持つためのものでもある。
市役所勤務時代、児童福祉の現場に立ち、制度の隙間に落ちる現実を見てきた。制度だけでは救えない人がいるという実感がある。しかし、それを裏付ける学位は持っていなかった。
だからこそ、「もう一度きちんと学びたい」という選択につながる。
ある年齢を過ぎたら人生は固定される──その感覚は思い込みに過ぎないのかもしれない。
政治家としての再挑戦。
そして、学生としての再出発。
一見別の選択に見えるこの二つは、「もう一度やる」という一点でつながっている。
地盤も看板も持たずに始まった挑戦は、いまも続いている。
そしてその延長線上に、「さらに学ぶ」という選択がある。
もたざる者であることは、終わりではない。
そこから始まる未来がある。
今、手の中に何もなくてもいい。
未来は、これからつくることができる。
この杉田水脈氏の大学入学について ライブ解説もしています。合わせて どうぞ。
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