米・イラン戦争はどこまで広がるのか――ホルムズから紅海、英国、そして日本へ

米・イラン戦争は、核施設への攻撃だけでは終わっていません。ホルムズ海峡、紅海、英国の基地、そして日本へ向かうタンカーまで、影響は広がっています。前編では戦争の現在地を、後編では紅海・NATO・日本への波及を整理します。後編は無料の読者登録でお読みいただけます。
小笠原理恵 2026.07.28
誰でも

米イラン戦争の広がり。

  • 上記は参考となるライブ配信。最後に関連ライブ配信資料もあります。

ホルムズ海峡と場部エルマンデブ海峡の位置

ホルムズ海峡と場部エルマンデブ海峡の位置

米国とイランの戦闘は、もはやイラン国内への空爆と、その報復というだけでは捉えられなくなっている。

米軍によるイラン核関連施設への攻撃、イランによる湾岸地域の米軍関連施設への攻撃。その周辺ではホルムズ海峡の船舶航行が脅かされ、さらにイランと関係の深いイエメンのフーシ派がサウジアラビアへの攻撃と海上封鎖を打ち出した。

そして七月、日本へ向かう石油製品タンカーが、紅海南部の危険を避けるため、喜望峰を回る航路へ変更した。

戦場はイランから湾岸諸国へ、ホルムズ海峡から紅海へ、さらに英国を含む米国の同盟網へと広がりつつある。

これはもう「遠い中東の戦争」ではない。

日本のエネルギー、物流、物価にもつながる問題である。

米軍の攻撃は「一度限りの報復」ではなくなった

六月、米軍はイラン国内の核関連施設への攻撃を実施した。対象にはフォルドゥ、ナタンズ、イスファハンなど、イランの核開発に関係する重要拠点が含まれていた。

その後も攻撃は続いた。

七月二十一日時点の資料では、米中央軍によるイランへの攻撃は十夜連続となり、対象は軍の指揮・統制施設、弾道ミサイルや無人機の発射拠点、海上戦力、防空システムなどへ広がっている。

もはや一度攻撃して終わる「懲罰的報復」ではない。

イランが再び米軍や周辺国を攻撃する能力そのものを継続的に削る作戦へ移っている。

イラン側も黙ってはいない。

バーレーン、クウェート、ヨルダンなどの米軍関連施設への攻撃を続け、ホルムズ海峡では民間船舶まで危険にさらされている。

奇妙なのは、戦闘が続く一方で停戦交渉も完全には消えていないことだ。

つまり現在起きているのは、「戦争か外交か」という単純な二者択一ではない。

戦いながら交渉している。

米国はイランのミサイル、無人機、海軍、防空能力を削り、より不利な条件を受け入れさせようとする。イランは米軍基地や海上交通路を危険にさらすことによって、米国とその同盟国に戦争コストを負わせようとする。

軍事力そのものが、交渉手段になっている。

次の焦点となる「ピッケル山」

説明用にAIで生成

説明用にAIで生成

今後、米国がどこまで戦争目的を拡大するのかを見るうえで重要なのが、ナタンズ核施設の近くにある地下施設「ピッケル山」である。

正式にはコラン・ガズ・ラ山と呼ばれ、ナタンズ南側に地下トンネル複合施設が建設されている。破壊された遠心分離機組立施設の代替や核関連物資の保管場所として利用される可能性が指摘されているが、内部で実際に何が行われているのかは確認されていない。

それでも、この場所が軍事的に重要なのは明らかだ。

通常の地上施設を破壊されても、山体深くの地下施設へ核関連設備や物資を移すことができれば、イランは核開発能力の一部を温存できる。

逆に米国から見れば、ナタンズを破壊しても、その地下に核能力が残れば攻撃目的を完全には達成できない。

私は、この戦争を見る際に三段階に分けて考えている。

第一段階は、ミサイル発射施設、ドローン基地、沿岸軍事施設などへの限定的な報復。

第二段階は、革命防衛隊の司令官や作戦責任者など、指揮命令系統そのものを狙う攻撃。

そして第三段階が、ナタンズやピッケル山のような核開発能力そのものを継続的に破壊する作戦である。

ここまで進めば、目的はもはや「イランの攻撃を止める」だけではない。

イランの核能力を長期間にわたって除去する戦争になる。

現時点の資料ではピッケル山への攻撃が実施されたとは確認されていない。

だからこそ、ここは今後の重要な境界線になる。

東のホルムズ、西の紅海

説明用に地図をもとに生成。縮尺や位置等はイメージですから、正確ではありません。

説明用に地図をもとに生成。縮尺や位置等はイメージですから、正確ではありません。

しかし、この戦争でさらに深刻なのは、戦場が陸上から海へ広がっていることだ。

世界のエネルギー輸送を考えると、ホルムズ海峡は極めて重要である。

サウジアラビアなど湾岸諸国にとって、ホルムズ海峡が危険になった場合の「逃げ道」の一つが紅海側だった。

サウジは東部油田地帯から国内を横断する東西パイプラインを利用し、紅海沿岸のヤンブー港へ原油を送り出すことができる。

つまりホルムズを通れなくても、紅海側から輸出することができる。

ところが、その逃げ道を今度はフーシ派が脅かし始めた。

フーシ派はサウジアラビアに対する海上封鎖を宣言し、サウジ南部ジザン沖ではサウジ籍タンカーへの攻撃も起きたとされる。

さらに七月には、フーシ派がサウジ南西部のアブハ国際空港を狙ってミサイルを発射し、サウジ側が迎撃した。

二〇二二年に成立した事実上の停戦後、フーシ派がサウジを直接攻撃した初めての事例とされている。

ここで中東の地図を見る必要がある。

東側にはホルムズ海峡。

西南側には紅海の出口、バブ・エル・マンデブ海峡。

東をイランが脅かし、西南をフーシ派が脅かすことになれば、サウジは二方向から海上交通を圧迫される。

ホルムズを避ければ安全、ではなくなってしまう。

日本へ向かうタンカーが喜望峰へ

その危険が、すでに現実の海運に影響を与えている。

デンマークの海運会社Tormは七月二十四日、石油製品タンカー「トルム・イノベーション」について、紅海南部の治安悪化を受け、危険海域を避けて喜望峰を回り、アジアへ向かう航路を選択した。

この船はサウジアラビア西岸のヤンブー港で約五十万バレルのナフサを積んでいる。

その目的地は日本だ。

ここが、この戦争と日本との接点である。

紅海―バブ・エル・マンデブ―インド洋という航路を使えなければ、アフリカ南端の喜望峰まで大きく迂回しなければならない。

資料では、アジア向け輸送に最大約三十日余計にかかる可能性が指摘されている。

当然、距離だけの問題ではない。

燃料代が増える。

船を長期間拘束する。

船員費が増える。

保険料も上がる。

一隻のタンカーが攻撃されなくても、「そこを通ることが危険だ」と船会社や保険会社が判断すれば、物流コストは上昇する。

これこそ、フーシ派が比較的小さな軍事力で世界経済に与えることのできる効果である。

説明用にAIで生成、アフリカで地上に線がありますが、すべて海上輸送です。ラインは方向を示しているだけです。

説明用にAIで生成、アフリカで地上に線がありますが、すべて海上輸送です。ラインは方向を示しているだけです。

海峡を完全に封鎖する必要はない

「フーシ派に本当に紅海を封鎖する能力があるのか」という疑問は当然ある。

海峡すべてを軍艦で塞ぎ、船舶を一隻も通さないような完全封鎖を実施できるとは限らない。

しかし、現代の海上輸送では、その必要さえない。

商船を一隻攻撃する。

タンカーを一隻損傷させる。

ミサイルやドローンを発射する。

それだけで戦争保険料が上昇し、海運会社が航路を変更することがある。

つまり、実際に海を完全封鎖することと、商業的に航行できなくすることは別問題なのである。

フーシ派が狙うのは後者でも十分だ。

七月の資料でも、紅海を航行する船舶の戦争保険料上昇が指摘されている。

それでも原油が二百ドルになっていない理由

これだけ危険な状況なのに、原油価格は開戦時に予想された一バレル百五十~二百ドルには達していない。

なぜだろう。

資料を整理すると、複数の「安全弁」が同時に働いている。

中国の石油需要減少、米国の原油増産と戦略石油備蓄の放出、停戦観測による市場心理の反転、ホルムズ海峡の一時的な輸送回復、そして市場に残る現物原油だ。

ところが、その安全弁は無限ではない。

米国の戦略石油備蓄は大きく減っている。

世界の在庫も減少している。

そして、これまでホルムズ海峡の代替となっていた紅海側をフーシ派が脅かし始めた。

つまり今は危機が終わったのではない。

備蓄と代替航路を使って時間を稼いでいる。

そう見るべきだろう。

英国まで攻撃対象に

さらに戦争の地理は西へ広がっている。

イラン革命防衛隊は、英国南西部のフェアフォード空軍基地が米軍による対イラン攻撃に使われているとして、攻撃の発進拠点として使用されれば「正当な攻撃目標になる」と警告した。

フェアフォードには米空軍の戦略爆撃機が展開することがある。英国政府も、米軍による地域の集団的自衛に関連する作戦について、既存の協定に基づいて基地使用を認める立場を示している。

イラン側の論理に立てば、「米軍が使う英国基地も戦争のインフラである」ということになる。

英国はこれに対し、国内外のいかなる攻撃からも英国を守る準備があると表明している。

ここまで来ると、中東だけの問題ではない。

一方では、欧州とアジアを結ぶスエズ―紅海―バブ・エル・マンデブという物流路が脅かされる。

もう一方では、NATO加盟国の基地がイランから攻撃対象として名指しされる。

しかもNATOは現在、ロシアに対する東部正面の抑止にも軍事資源を投入している。

東欧でロシアを抑止しながら、中東や紅海でも艦艇、防空システム、情報収集能力を必要とする。

「東欧+中東+紅海」という複数正面への対応を迫られることになる。

ホルムズだけなら湾岸危機、紅海まで危険になれば世界物流の危機

この戦争を見るとき、私は一つの線引きをしている。

ホルムズ海峡だけが危険であるなら、中心となるのは湾岸諸国と、そこから原油やLNGを輸入する国々である。

しかしバブ・エル・マンデブ海峡まで実質的に航行困難になれば、意味は変わる。

欧州とアジアを結ぶ最短の海上物流路そのものが機能しにくくなるからだ。アジアだけの問題がとうとう、欧州の問題ともなってきたのだ。そして英国などNATO諸国の基地まで攻撃対象として意識されるようになれば、中東戦争はNATOの防衛計画にまで影響する。

つまり、

ホルムズだけなら湾岸危機。

紅海まで危険になれば世界物流の危機。

NATO基地まで攻撃対象になれば、同盟全体の安全保障問題である。

戦争の性質が、一段ずつ変わっていく。

日本は「遠い中東」を見ているのではない

日本は中東から大量の原油を輸入している。

六月の段階から、米国とイランの対立が激化すれば、ホルムズ海峡の緊張を通じ、ガソリン価格、電気料金、物流コスト、物価全体へ影響が及ぶ可能性が指摘されていた。

そして現在は、そのホルムズ海峡だけではない。

紅海側でも船舶が危険を避け始め、実際に日本へ向かうタンカーが長距離迂回を選択している。

中東で一発のミサイルが発射されたから、翌日すぐ日本のガソリン代が跳ね上がるという単純な話ではない。

しかし戦争が長期化すれば、少しずつコストが積み上がる。

海運会社の迂回。

保険料の上昇。

輸送期間の長期化。

備蓄の取り崩し。

原油や石油製品の調達コスト上昇。

その先に、私たちの生活がある。

米・イラン戦争は、すでにイランだけを見ていては理解できない。

東にはホルムズ海峡。

西南には紅海とバブ・エル・マンデブ。

そのさらに西には英国とNATOの基地。

そして海上交通路の先には日本がある。

今問われているのは、米国とイランのどちらが次に攻撃するのかだけではない。

この戦争が、世界のどこまでを戦場の一部に変えてしまうのか。

そこを見ていく必要がある。

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