れいわ新選組(2)4/9臨時総会生音声データからわかる内紛
れいわ新選組の臨時総会の音声完全版がIBBジャーナルから公開された。説明書きにはこうある。「複数のルートから流出した音声データを元に明瞭度を向上させた高音質ノーカット完全版です。」この音声データをもとに内容を整理した。
デイリー新潮等の複数のメディアから、秘書給与上納問題や山本たろう議員の交通違反問題などについて様々な問題が発生しているも関わらず、記者会見には山本太郎代表や大石あきこ副代表が記者会見にでてこない。説明責任を果たさない。れいわ新選組所属議員がそこで執行部に対してどのように考えているのか、この音声からわかることを一部、ご紹介する。
👉 今回の内容は一つの事例に過ぎません。その構造については引き続き整理していきます。今後も継続して取り上げていきますので、関心のある方は読者登録をお願いします。
「内部の言葉」が示した組織の実像
会議は冒頭から、異様な緊張感に包まれていた。議長は開会と同時にこう釘を刺す。
「前回総会で話された内容が外部に流出し、それがSNS上で拡散されるという事案がありました。…本日の臨時総会においても内容を外に出すことはあり得ないことです」
この一言は、すでにこの組織が外部ではなく内部に警戒している状態であることを示している。そして、その直後に出た発言がさらに象徴的だ。
「89人の中に犯人がいるわけですよ。まずそこをちゃんとしないと会議って厳しいんじゃないですか」
議論に入る前に「犯人探し」が始まる。この構造そのものが、組織の不安定さを物語っている。
実際にこの音声は内部複数の参加者からIBBジャーナル榎田信衛門氏に送られてきた音声データだと彼の番組で説明があった。
しかし、これはすでにYouTubeに公開されているものだ。
デイリー新潮もこの内容を報じている。この音声データはすでに様々な場所で広がっているはずだ。それほどまでに内部の不満は大きく、れいわ新選組が崩壊しかかっているように思えた。
「排除はあったのか」――比例順位をめぐる圧力
この総会で最初に明確に提示されたのは、党内運営の中で「排除」があったのではないか、という問題提起だった。
発言者は、選挙総括の文脈から出発しながらも、本質的な問題として「市民とともに政治を変えるはずの政党が、内部で排除的になっているのではないか」と問いかける。
その具体例として挙げられたのが、自身が経験した比例順位をめぐるやり取りである。
「衆議院選挙であと1週間で決めろとね。比例の順位は権利じゃありませんよ、と」
「ええ?と思ってる間に了承しろと」
「もし私が反対したりすると、外されるんです。外されると権利がなくなる」
「違う選挙に出て当選したら、元の権利がなくなる」
「だからそういうことも含めて排除するというような姿勢はなくして、みんなで力を合わせてやっていくべきだ」
ここで問題にされているのは、単なる人事判断ではない。
「比例順位は権利ではない」と説明され、短期間で決断を迫られたこと、さらに反対した場合の不利益が示唆されたことが、発言者にとっては**“従わなければ外される”という圧力**として受け止められていた点である。
これに対し、執行部側は即座に否定する。まず当時の幹事長が、やり取りの性格そのものを否定する。
「決して排除ということではないと思っています」
「大島さんとは話し合いの上で進めたと記憶しています」
「除名をちらつかせるとか、強権的な形ではなかったと思っております」
さらに、比例議席の性質についても説明を加える。
「比例の議席は党の議席であって、個人の権利ではない」
「だからといって、それを断れば除名という話では全くなかった」
この時点で、執行部側は一貫して、
「あくまで話し合いに基づく運用であり、排除や威圧ではない」
という認識を示している。
続いて代表も発言し、当時の判断の背景を説明する。
「ローテーションは、水道橋博士の議席をみんなで分け合い、党の可能性を示すためだった」
「大島先生には衆議院・九州ブロックでの役割を期待していた」
「結果として今、国会議員を務めている。これは排除には当たらない」
さらに代表は、判断の性質についてこう述べる。
「その時々の状況で判断は変わる」
「話し合いによって後から変化することもある」
つまり執行部側の説明は明確である。
当時の判断は党運営上の戦略であり、結果としても排除には当たらない、という立場である。
しかし、このやり取りで浮かび上がるのは、事実認識の単純な対立ではない。
発言者側は、
「反対すれば外される」
「短期間で判断を迫られた」
という経験をもとに、それを圧力=排除的運用と受け止めている。
一方で執行部側は、
「話し合いの上で進めた」
「強権的ではなかった」
「結果として排除ではない」
と認識している。
つまり同じ出来事に対して、
当事者は「圧力だった」と感じ、
執行部は「正当な運用だった」と捉えている。
ここで見えているのは、制度や事実の違いというよりも、
意思決定のプロセスに対する体感のズレである。
そしてこのズレは、
「そのつもりはなかった」という説明では解消されない性質のものでもある。
この総会のやり取りが示していたのは、
まさにこの“圧力の受け止め方”と“運用の認識”の食い違いだった。
強権的ではないか 批判と執行部の正当化
この場面で提示されたのは、党運営の進め方そのものが「強権的ではないか」という、より直接的な内部批判だった。
発言者は、新体制の決定過程について、事前の協議や合意形成が欠けていたのではないかと指摘する。
「新体制が何の諮りもなくバーンと出された」
「こういう新体制やと、僕は非常にそれが強権的だと思います」
さらに問題は手続きの正当性の説明の仕方にあるとして、こう続ける。
「規約がこうなってるんだ。だからそれでいいんだっていうのは、まさに日本の役所がやってるやり方そのもの」
「我々はそこに対して異議を唱えてきたはずだ」
ここで問題にされているのは、単なる人事への不満ではない。
「決め方」そのものがトップダウンであり、しかもその正当化が“規約通りだから問題ない”という形式論に依存している点である。
これに対して執行部側は、まず手続きの正当性を強調する。
代表は、意思決定の根拠を次のように説明する。
「ルール上、そのような形で進めていくのは当然のことです」
「代表は選挙で選ばれている」
「その代表が人事を決めるのは当然のこと」
さらに、組織規模や意思決定の現実を踏まえ、全員合意型の運営は不可能だとする。
「みんなにお伺いを立てて配置するという話ではない」
「小さなグループであるならば、リーダーが決めるのは当然」
そして、批判の前提そのものに疑問を呈する。
「ルール上そう決まっている」
「それを知らないという話になってしまう」
つまり執行部側の立場は明確である。
**「手続きは規約に則っており、代表に与えられた権限の範囲内で行われた正当な決定である」**という説明である。
しかし、このやり取りで浮かび上がるのは、評価軸そのものの違いである。
発言者側は、
「事前の合意形成がなかった」
「一方的に決定が提示された」
「規約を盾に押し切るやり方だ」
と捉え、それを強権的運営と評価している。
一方で執行部側は、
「ルールに基づく正当な手続き」
「代表に付与された権限の行使」
として、問題はないと認識している。
つまりここで食い違っているのは、
「規約に沿っているかどうか」ではなく、
“規約通りであれば十分なのか、それとも合意形成が必要なのか”という統治の考え方そのものである。
この場面が示しているのは、
形式的な正当性と、当事者が感じる民主的手続きの感覚とのズレだった。
代表責任――最も激しい衝突
議論はやがて、組織論を超え、代表の責任そのものへと踏み込む。
発言者はまず、選挙結果を前提に問いを突きつける。
「選挙が全滅、惨敗という結果でありながら、最高責任者である代表や共同代表がそのまま居座っている」
「結果に対する責務を負わなければならない」
ここで提示されているのは明確な論点である。
「選挙結果に対して、トップは責任を取るべきか」という問題だ。
さらに批判は踏み込む。
「この結果が出ているのに、同じ体制を継続するのはあり得ない」
「責任を問わずに再出発はできない」
つまり発言者の立場は一貫している。
選挙という客観的評価が出た以上、指導部の継続は正当化できないという論理である。
これに対して執行部側は、正面から応じる。
まず共同代表は、責任論そのものは否定しない。
「そういう意見が出て当然だと思う」
「非常に心が痛い」
しかし結論は異なる。
「今やるべきは責任を取ることではなく、組織を立て直すこと」
「次の世代が活躍できる環境整備をやらなければならない」
ここで責任の定義が転換される。
辞任ではなく、再建こそが責任だという立場である。
さらに現実的制約が提示される。
「国会は選挙後すぐに始まる」
「体制を整えないと機能しない」
つまり、
責任論よりも即時の統治機能維持が優先されるべきだという判断である。
続いて代表自身が発言し、より強い論理を展開する。
「代表は選挙で選ばれている」
「その権限の中で人事を決めるのは当然」
ここでは正当性の根拠が明確に示される。
それは選挙による正統性と規約に基づく権限である。
さらに責任の所在についても反論する。
「この選挙に勝てなかった責任は執行部だけではない」
「それぞれの活動も含めて検証すべき問題」
つまり、敗北の原因を山本たろう代表等の執行部に帰すことを否定し、
組織全体の問題として再定義する。
そして結論としてこう述べる。
「今、代わりがいない中で船を進める必要がある」
「だからこの体制で行くと決めた」
このやり取りで明らかになるのは、責任概念そのものの対立である。
発言者側は、
「結果が出た以上、トップは退くべき」という*治的責任(辞任責任)を重視する。
一方、執行部側は、
「混乱の中で組織を維持・再建することが責任」という実務的責任(継続責任)を重視する。
さらにその背後には、もう一つの対立がある。
それは、「選挙結果をどう評価するか」である。質問者たちは「客観的な審判」と捉える。執行部は「多要因の結果であり、単純に指導部の責任に帰せない」という。議論は決定的にすれ違っている。質問者の言葉に正面から向き合っているようには思えない。
結果としてこの場面は、単なる人事論争ではなく、
・執行部の責任とは何か
・代表の正統性
・組織はどう意思決定すべきか
という、組織の根幹に関わる問題が一気に噴出した会合だった。
山本太郎れいわ代表の言葉
この党内の激論の最後を締める山本たろう代表の言葉が印象的だ。
代表に選ばれた当時は山本たろう氏は参議院議員であり、その当時は健康問題なども明らかにされておらず、代表として全面的に活動もできた。しかし、今は代表として健康上の問題で党務をこれまでのように実施することができず、療養するために議員文字色している。この段階で代表に選ばれた当時と明らかに条件が違うという旨の指摘もあった。
選挙責任を問う議員たちの声やさらに、執行部にこの議論をつづけてほしいという声の中、会場の時間が終わる等の理由で会議は終わる。その最後の山本たろう氏の出席した人達への言葉を聞いてほしい。
ここにすべてが集約されており、いくら聞いても答えが返ってこないとれいわ所属の議員たちが嘆くのもよくわかる。
以下が音声データからの文字おこし 原文そのままです。
代表です。長時間にあたりお疲れ様でした。
これを皆さんとの継続的な対話というのが必要だとは思っています。
ただしその中身というのが、前に進んだりとか、何かしらお互いに合意していくというところを導き出さないと、これをやっていく意味ってほぼないんですよね。選挙総括という部分におきましては、それぞれが選挙総括があるならデータを本当に出してください、というようなこともお願いしました。
それに対していただいた方もいらっしゃいます。ありがとうございます。例えば「口が汚い」ということに関しましては、その論拠がわかるようなこともちゃんと提示してほしいということは初回から言われていることですけれども、今に至るまでそれが出されていません。
議論を進めたいというのであるならば、やはりやるべきことがあるだろうと。それは私たちもそうですし、皆さんも同じくです。
そして選挙を総括するということを厳密にしていくならば、当然党の責任というものも問われる。これは必要なことです。
けれども当然、一人一人がどのような活動をやってきたのか、なぜ票を減らしたのか、そこに至るまで細かな総括責任を負うのは私たちだけじゃない。執行部だけじゃない。それは地方議員の票を減らした理由というところまで、当然問われなければならない。
そんな時間を膨大に使って、このままれいわが停滞し続けるということは、私はあってはならない。当然、その選挙の総括は必要でしょう。私たちの一定の総括はありました。
そこで足りないものがあるというならば、そこは擦り合わせる必要、耳を傾ける必要はあるでしょう。一方で、今こうやっている間にも、戦争に向かって前に進んでいるわけです。
この令和というリソースをどのように振り向けるのかに関して、私たちは今の状態だけじゃなくて、ある意味でこの先、国策捜査につながりかねないような状況、そして国会内での戦い、この3つを同時進行するというかなり大変なことなんです。残念ながら今日LINEできた内容、残念に思ったというご意見もあります。
先ほどご意見、幹事長からもありました。それは何かというと、やはりこれは不祥事ではないんですよ。
適法確認を適宜行って、これは問題がないということを私たちは確認して前に進めてきたことだ。一方で、そこに疑惑が持たれたならば、これを解消していく必要が当然です。
ただし、これをみんなとその内容をシェアすることによって、「共謀していたのではないか」とか、「皆さんに対してこういうように振る舞え、こういう言葉を言えというようなことを強制していたのではないか」という形にされてしまう可能性もある。逆に、私たちにとって白いものを黒にされてしまう可能性があるわけです。
そのような状況の中で何をやっているんだというお気持ちはあると思いますが、私たちはサボっているわけでも手を抜いているわけでもない。
着実にやっていきながら、皆さんにお知らせできる部分もなるべく早くやろうとしたけれども、今日出されたものが最短であったということをご理解いただきたいと思います。先ほど私が「それはれいわで合っているんですか」「あなたの言い方はれいわで合っていますか」と言ったのは、何も切り離そうとしているわけじゃなくて、追い出そうとしているわけでもないです。
それぞれの大切な人生の中で使う時間、これからどう使っていくのかって考えたときに、今私たちのこの状況を考えた場合に、私はやるべき一丁目一番地は何かと言ったら対戦争の話なんです。
申し訳ない。この戦争の話と、そして私たちの身の潔白を証明していくということが、優先順位の第一位になります。
選挙の総括ももちろん重要かもしれない。けれども、今戦争はどんどん前に進んでいくばかりだし、そして私たちの潔白であるものが疑惑として扱われてしまう状況も進んでいる。
全部一体として、ある意味で反転攻勢をかけていきながら攻めていく、ということになるけれども、リソースはないです。
そう考えるときに、やはり現実的に党をどうしていくのかという議論もありながら、皆さんには国会の中での展開であったり、この捜査に関しても何らかの応援をしていただきたい。
もちろん議論というものを否定するものではないし、それを阻むつもりもない。
けれども、行ったり来たりということを繰り返し続ける時間に使う余裕はないと思っています。もちろん私たちにも考え方を改める部分もあるかもしれない。
でもそれは執行部だけの話ではないだろう。じゃあ一人一人が今何を考えるべきか、何を進めていくべきなのかということを、もう一度見直す機会に来ているというふうに思っています。
一方で、今日の総会においてフリー討論が行われるみたいなことを、どうして私がネットで知るんだろうとか、どうしてそれを週刊誌から知るんだろうという話もございます。
皆さんと話し合いをしている中で、信用ができないという思いになりながら、お互いにそういう不信を抱えたまま進んでいくというのは全く健全ではないし、そこから立て直せるものはないと思っています。
なので、冒頭、高井幹事長が皆さんにお伝えしたこと、ぜひこれを守っていただければ、そのように思います。
すみません。長くなってありがとうございます。
国策捜査とは? なにがしかの捜査対象の可能性
この発言からは、いくつかの疑問が自然に浮かび上がる。
まず一つは、代表自身が「国策捜査につながりかねない状況」と言及している点だ。これは、何らかの捜査対象となっている可能性を示唆しているのか。それとも単なる警戒感の表明なのか。説明はないまま、言葉だけが先行している。
もう一つは、選挙の敗北に対する責任の所在である。
代表は「責任は執行部だけではない」と繰り返すが、その言葉は同時に、責任の所在を組織全体へと拡散させているようにも聞こえる。選挙という明確な結果が出た局面で、まず問われるべき説明が後回しにされている印象は否めない。
さらに強調されたのが「戦争を止めることが最優先だ」という論理である。山本たろう氏のいう「戦争」とはどこの戦争なのだろう? 米国とイランの戦争なのか、ロシアとウクライナの戦争なのか? それで彼らはその戦争を止めるために具体的に何をしているというのか?
それともより抽象的な政治的スローガンなのか。具体的な対象も、そこに対して政党として何を行っているのかも、この発言からは見えてこない。
会合の最後の言葉ですら、山本たろう代表の言葉は具体性を欠いたままだ。この最後の発言は、議論を収束させるものというよりも、むしろ新たな疑問を残したまま終わっているように見える。
このやり取りをどう受け取るか。
ぜひ実際の音声を聞いた上で、それぞれの判断をしていただきたい。
4月19日 20時から ライブ解説しました。
れいわ新選組の4/9臨時総会、内部で何が起きていたのか
IBBジャーナルの榎田信衛門さんと先日この問題についての動画を撮影しました。こちらも合わせてごらんください。
すでに登録済みの方は こちら