自衛隊員の国歌斉唱は違法なのか ――「外観」と「違法性」を分けて考える
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自衛隊員の国歌斉唱は違法なのか
自民党大会で陸上自衛隊中央音楽隊所属の隊員が国歌を歌ったことをめぐり、新聞やテレビでは「政治的中立性が疑われる」「自衛隊への信頼が揺らぐ」といった論調が続いています。もちろん、現職自衛隊員が政治的な論争に巻き込まれないよう、政治の側にも、防衛省・自衛隊側にも配慮は必要です。制服で政党大会に登壇したこと、紹介のされ方、依頼を受けた経緯、組織内の確認体制について、今後の改善点はあるでしょう。 しかし、ここで一度、問題を分けて考える必要があります。問題は「見え方」だけなのでしょうか。それとも、自衛隊法上の政治的行為に当たるのでしょうか。 私は産経新聞「新聞に喝!」で、「外観」は論点のすり替えではないかと書きました。
違法かどうかではなく、違法と疑われるから問題だとすれば、何でも問題視できてしまうからです。大切なのは、自衛隊法が何を禁じているのか、その行為がどの条文のどの要件に当たるのかを確認することです。
自衛隊法61条の論点整理
自衛隊法に基づく政治的活動の禁止事項 政治的行為の制限 (第61条第1項)
●隊員は、政党または政治的目的のために寄附金などを求め、受領する行為に関与してはならない。
●選挙権の行使(投票)を除き、政令で定める政治的行為をしてはならない。
具体的に禁止される行為 (施行令第87条)
●政党その他の政治的団体の結成や加入。
●政治的目的を持つ集会・デモの組織、参加。
●特定の候補者への投票を勧誘する運動(選挙運動)。
●署名運動の企画・主宰。政治的目的のために職務上の影響力を利用すること。
●団体の結成等の禁止 (第64条)政治的目的を持つ団体を結成、または加入することの禁止。

たとえば、服装に関する規定もあります。しかし、それは「制服を着て政党の場に行った場合」をそのまま定めたものではありません。むしろ、政党の主義主張や政治団体の表示に用いられる服装などが問題になります。今回の件は、その規定に直接当てはまるものではないと考えられます。 このため、当該隊員は、打診を受けた段階で所属先に確認をしたとされています。その結果、法律上問題はないと判断され、許可を得て歌唱したという経緯になります。 政府も防衛省も朝日新聞も「中立性を疑われる行為」という言い方をするが、違法とは言わない。違法かどうかはこういう細かい部分をみていかないとわからない。
政府も防衛省もは違法性はないといいますが、朝日新聞などのオールドメディアは「中立性を疑われる行為」という言い方はします。ですが、彼らも違法とは断じていません。
違法かどうかは、こうした細かい規定を見なければ判断できないのです。 この件については告訴等の動きもあるようなので、今後の判断を待ちたいと思います。ただ、私が確認した範囲では、国歌斉唱そのものを自衛隊法違反とする明確な規定は見当たりませんでした。もし、これに該当する施行令等があるなら、ぜひ教えていただきたいところです。
自衛隊員が制服を着て歌唱することを禁止する施行令はありませんが、政党や政治上の主張を表示する被服などをつけることは禁止されていましたね。このように細かく違法である者は規定されています。今回はそうではなかったということです。
【政治的中立性と違法性は分けて考える】
自衛隊は実力組織です。特定政党に利用されているように見えることは避けなければなりません。自衛隊の政治的中立性が重要であることは言うまでもありません。
ただし、「政治的中立性への配慮が必要だった」という話と、「自衛隊法違反である」という話は別です。
自衛隊法が禁じているのは、政治的目的を持つ政治的行為です。
国歌斉唱は、特定政党への投票依頼ではありません。候補者支援でもありません。政策への賛否表明でもありません。特定政党への支持や反対を呼びかけたわけでもありません。歌手として国歌を歌った行為そのものを、直ちに政治的行為とみなすには、法的な説明が必要です。
国家公務員の政治的行為制限を見ても、制限されるのは「政治的目的を持って行われる政治的行為」です。人事院資料では、政治資金パーティーについても、職員が単に個人としてパーティー券を購入したり、出席するだけでは政治的行為の制限対象にならないとされています。ただし、集金に関与したり、多数の前で特定政党などを支持・反対する言動をしないよう注意が必要だとされています。
ここから分かるのは、単に政治に関係する場にいたからといって、直ちに政治的行為になるわけではないということです。判断の軸は、その場で何をしたのか。政治的目的を持った具体的行為があったのか。特定政党への支持や反対を呼びかけたのか。そこにあります。
「外観」だけで違法性は判断できない
今回の報道では、「客観的に見て自衛隊が党派的に利用されているように見えるかどうか」という外観論が出てきました。制服、自衛隊員としての紹介、党大会という場が重なることで、政治的意味合いを帯びて見えるのではないか、という考え方です。
もちろん、外観はまったく無意味ではありません。自衛隊が特定政党に利用されているように見えることは避けるべきです。
したがって、今後は服装、紹介の仕方、依頼の受け方、組織内の確認体制を見直す必要はあるでしょう。 しかし、外観と違法性は別です。 違法ではない行為を、違法に見える可能性があるから問題だとするなら、判断基準は極めて曖昧になります。「疑われることをしたから問題だ」という論法は、法的判断とは違います。疑わしきは罰せず。この基本を忘れてはいけません。
寺西判事補事件との比較は無理がある
朝日新聞の記事では、寺西判事補事件も引き合いに出されていました。しかし、これは今回の事案と性質がかなり違います。
寺西判事補事件は、裁判官が、いわゆる組織的犯罪対策三法案に反対する集会に関与したことなどが問題になった事案です。そこには明確に「特定法案への反対」という政治的主張がありました。集会そのものも、法案反対を目的とした政治的な場でした。
一方で、今回の自衛隊員は、政治的意見を述べたわけではありません。特定政党への支持を呼びかけたわけでもありません。候補者支援をしたわけでもありません。政策への賛否を表明したわけでもありません。行ったのは、国歌斉唱です。
もちろん、政党大会という場で、制服を着て、自衛隊員として紹介されたことについては、外観上の配慮不足という議論はあります。しかし、それは「政治的反対運動への参加」とはまったく性質が違います。
公務員の政治的中立性という大きな言葉だけで、法案反対集会への関与と、国歌斉唱を同じ棚に並べるのは、比較として粗いと思います。
配慮不足と違法性を混ぜてはいけない
今回の問題には、二つの層があります。
一つは、政治的中立性への配慮の問題です。これはあります。制服で政党大会に登壇したことについて、誤解を招かないようにする配慮は必要だったでしょう。
もう一つは、法令違反かどうかの問題です。ここは別です。自衛隊法が禁じる政治的行為に当たるのか。特定政党への支持や反対を呼びかけたのか。政治的目的を持った具体的行為があったのか。この基準で見なければなりません。
配慮不足と違法性を混ぜると、議論は危うくなります。
報道は権力を監視する役割があります。自衛隊の政治的中立性について問題提起すること自体は必要です。しかし、「違法に見える」「疑われる」という外観論だけで個人の行為を問題視しすぎると、今度は人権の問題が出てきます。
公務員であっても、自衛隊員であっても、個人としての自由があります。政治的中立性を守るための制限は必要ですが、その制限は法令に基づくべきです。明確な基準もなく、どのように見えるかだけで問題視するなら、報道は何でも問題にできます。
日本は法治国家です。罪刑法定主義が機能する国であるはずです。
罪刑法定主義とは犯罪とそれに対する刑罰は、あらかじめ国会が制定した法律(成文法)によって明確に規定されていなければならない、という近代刑法の最重要原則です。国家が恣意的に刑罰を科すことを防ぎ、国民の自由と人権を保障する目的があります。
違法ではないが違法を疑われる外観があるということで、自衛隊員に批判が集まるこの現状は疑わしきは罰せずの法の精神とは異なります。冷静に考えていただきたいと思います。
自衛隊関係者からの批判の原因
違法かどうかを見極めるには、その規定を細かくみていき、「政治行為」に当たるかどうかを確認しなければならないはずです。しかし、自衛隊関係者からこの歌唱について批判が大きいことが残念です。
自衛隊内では、疑われて騒動にならないように、「政治行為」規定より広い範囲で政治から身を遠ざけるように教育されています。だから、自民党という党の仕事で歌ったら違法だという感覚を持つ人も多いようです。厳しく近づくなと言われた以上は、きっと違法なんだろうという憶測があるのかもしれませんが、違法かどうかは別の判断材料です。
今回は歌唱してよい(違法ではない)と判断した自民党イベント関係者と自衛隊関係者が、歌唱したら(騒ぎになり、その自衛隊員が矢面にたたされつらい目に合う)という配慮不足の問題です。
だから、せめて身内くらいは、この三曹をまもってあげてほしいと切に願います。
誤解を招かない配慮を
自衛隊の政治的中立性は重要です。現職自衛隊員が政党大会という場で制服を着て登壇したことについて、誤解を招かないようにする配慮は必要でした。ここは否定しません。
しかし、国歌を歌ったことそのものが政治的行為に当たるのか。自衛隊法違反なのか。ここは別問題です。
人事院資料を見ても、単に政治に関係する場に出席しただけで、ただちに政治的行為になるわけではありません。問題は、政治的目的を持った具体的行為があったかどうかです。
違法かどうかではなく、違法に見えるから問題だという論法は、慎重でなければなりません。配慮不足と違法性を混ぜてはいけない。外観論だけで個人の自由を狭めてはいけない。政治的中立性を語るなら、法令に基づく冷静な判断が必要です。
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