辺野古沖沈没事故 沖縄タイムスの「レッテル貼り」を許してはならない
本稿では、事故後に起きた被害者の政治利用と、新聞の果たすべき役割について整理する。
沖縄タイムス読者欄のレッテル貼り
沖縄タイムスが、被害者の知華さんがあたかも抗議活動に同意していたかのように受け取られかねない記事を掲載した。

沖縄タイムズ 5月1日読者からの投稿欄
これは後に抗議を受け、謝罪がなされた。
事故の責任を抗議運動の主体者や、平和学習を主催した学校側に向ける心無い思い込みやデマの拡散は決してゆるされない。
天国から二人の声が聞こえてくる。「誹謗中傷にめげず、抗議行動をつづけてほしい」と。」
この投稿を掲載した沖縄タイムスは、「船を所有し、操縦をしたヘリ基地反対協議会には事故の責任がない」と考えているのだろうか。
すでに定員ギリギリの船で、白波が立っている波浪注意報下の海に出航した判断は、誰がしたのか。
沖縄タイムスはこの抗議を受けて謝罪文を掲載したが、その謝罪は文末の「誹謗中傷にめげず、抗議行動を続けてほしい」と、亡くなった方々の意思を断定する不適切な表現についてのみだ。事故の責任を抗議運動の主体者に向ける心ない思い込み、という文章については謝罪していない。

沖縄タイムズ おわび記事
ずさんな安全管理体制、法令違反が疑われるその主体者であるヘリ基地反対協議会や学校への心ない思い込みやデマの拡散は許されないという記事を書きながら、被害者女性へのデマの拡散をしていいのだろうか?
後付けで被害者を抗議活動に巻き込むな。
あたかも、抗議活動に被害者が同意していたかのように捏造することこそ、デマだ。デマは許されずという記事で沖縄タイムスはデマを広めていいのか。
同志社国際高校の父兄会などでは、抗議船に乗るという説明は聞いていない、という声が上がった。
被害者のお父様はnoteに、「知華のことを正しく伝える」「誤情報や誹謗中傷の訂正」「事実解明につながる情報を広く収集する」といった目的で記事を掲載している。
沖縄タイムスの誤情報と誹謗中傷は止めなくてはならない。謝罪や訂正をしても、すでに誤情報は広がっている。これを消していく一助になればとこの記事を書いている。
知華自身も、このコースの背景をほとんど理解していなかったようです。妻が「なんで辺野古を選んだの?」と聞いた際、彼女はこう話していました。 「美ら海水族館に行きたいんだけど、美術館で怖い絵を見るよりかは、お友達と綺麗な珊瑚礁を見る方が楽しそうじゃん」
【Fコース】ボートに乗って海から辺野古を見る → 美ら海水族館
彼女にとっては、ただそれだけの純粋な選択でした。
故人の政治利用は人権侵害だ。
知華さんはただ、沖縄の海と水族館が見たかった。美術館で怖い絵を見るより、そちらがいいと考えていただけだ。過激な「平和活動家」の思想から一番離れた、楽しそうなコースを選んだはずなのに、そのコースが最も危険で攻撃的なコースだったのは、彼女のせいではない。そのような危険なコースを旅行コースに選び、そのリスクの説明責任を果たさなかった同志社国際高校の責任だろう。
遺族は「知華さんは抗議活動など望んでいない」と記事に残している。
それにもかかわらず、「天国でも抗議活動を続けてほしい」と、天国の二人の声が聞こえるという読者欄の記事を読めば、多くの人が彼女もまた抗議活動に賛同していたのかと疑いの目を向ける。事実に基づかない被害者へのレッテル貼りが、どれほどご遺族を傷つけているのか、この新聞は分からないのか。
新聞は公器とされる。これは、公正中立な報道で知る権利を保障し、行政や企業などの不正を監視・報道し、民主主義を機能させる役割を持つ。もっと言えば、「新聞」を名乗る以上、「海上運送法違反」で波浪注意報下に事故を起こした「ヘリ基地反対協議会」という団体の不正を、しっかり糾弾する機関でなければならないはずだ。
なぜ、その場所で、生徒が危険な抗議船に乗ることになったのか。
その判断は、適切だったのか。未成年の生徒を預かる以上、安全管理は厳密に扱われなければならない。新聞が本来行うべきなのは、事故原因と責任体制を厳しく検証することではないか。
亡くなった被害者は、もはや新聞によって付けられたレッテルに対して反論できない。後から意味や役割を、公器である新聞が事実を覆い隠すように付け加えていけば、事故の本質は藪の中に追い込まれる。そのようなことを許してはならない。
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