ホルムズ海峡で海自は動けるのか――能力と法律の壁
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ホルムズ海峡・日本船護衛・機雷除去を考える前に知っておきたい法制度の壁
ホルムズ海峡をめぐる緊張が高まるたびに、必ず出てくる議論があります。
「日本のタンカーを守るために、海上自衛隊を出せないのか」
「機雷が敷設されたら、海上自衛隊が除去すればいいのではないか」
「日本は中東の海上交通に依存しているのだから、もっと積極的に動くべきではないか」
一見すると、これは当然の問いに見えます。日本はエネルギーの多くを中東に依存しています。ホルムズ海峡は、日本経済にとって極めて重要な海上交通路です。海上自衛隊には高い掃海能力もあります。護衛艦もあります。P-3C哨戒機もあります。能力だけを見れば、日本関係船舶の安全確保や機雷除去に貢献できるように見えます。
しかし、ここで一つ、とても重要な前提があります。
自衛隊は、普通の国の軍隊と同じようには動けません。
問題は、能力があるかどうかだけではありません。
法律上、その任務を命じる根拠があるかどうかです。
ここを理解しないまま「海自を出せる」「出せない」と言っても、議論はかみ合いません。
他国の軍隊は「ネガティブルール」
まず、通常の軍隊の考え方を見ておきます。
多くの国の軍隊は、ざっくり言えば「ネガティブルール」で動きます。
ネガティブルールとは、簡単に言えば、禁止されていること以外は、任務達成のために行動できるという発想です。
もちろん、軍隊だから何でもできるという意味ではありません。国際法、国際人道法、国内法、交戦規定、上官命令、作戦計画、同盟国との取り決めなど、軍隊を縛るルールは数多くあります。
民間人を攻撃してはいけない。
捕虜を虐待してはいけない。
必要性、均衡性、区別原則を守らなければならない。
任務を超えた武力行使はできない。
交戦規定に反する行動はできない。
このような「してはいけないこと」は厳しく決まっています。
しかし、戦場や準有事の現場では、状況が秒単位で変化します。小型艇が急接近する。無線に応答しない船舶が近づく。機雷の疑いがある物体が発見される。味方艦艇が攻撃を受ける可能性がある。こうした状況で、すべての行動を法律の条文に細かく書いておくことはできません。
そのため、通常の軍隊では、禁止事項や制限事項を定めたうえで、任務達成のために現場指揮官が一定の判断を行います。
たとえば、商船を護衛する任務を与えられた軍艦が、武装した小型艇の接近を受けた場合、警告、進路妨害、威嚇、場合によっては武器使用という段階的な判断を行います。もちろん国際法と交戦規定の範囲内です。しかし、「どの法律の何条で、この距離なら何ができるのか」をその都度、行政権限として一つ一つ確認して動くわけではありません。
これが、一般的な軍隊の発想です。
自衛隊は「ポジティブルール」
一方、自衛隊は違います。
自衛隊は、日本の法制度上、行政機関です。
そして行政機関である以上、法律に根拠のない行動はできません。
自衛隊の行動は、基本的に「ポジティブルール」です。
つまり、法律に『この場合はこれをしてよい』と書かれていることしかできないという考え方です。
これは、自衛隊が弱いとか、隊員の能力が低いという話ではありません。むしろ逆です。海上自衛隊の掃海能力は国際的にも高く評価されてきました。護衛艦の運用能力も、哨戒機による監視能力もあります。
しかし、能力があることと、法律上できることは別です。
自衛隊が動くには、必ず法的根拠が必要です。
防衛出動なのか。
治安出動なのか。
海上警備行動なのか。
海賊対処行動なのか。
在外邦人等の輸送なのか。
米軍等の部隊の武器等防護なのか。
重要影響事態における後方支援なのか。
存立危機事態における武力行使なのか。
情報収集活動なのか。
それとも、新たな特措法が必要なのか。
自衛隊の場合、まずここを整理しなければなりません。
だから、ホルムズ海峡で「日本船を守れ」「機雷を除去せよ」と言う場合にも、単に「海自ならできるだろう」では済まないのです。
海賊対処はホルムズにそのまま使えるわけではない
よく混同されるのが、海賊対処です。
日本はソマリア沖・アデン湾で、海賊対処活動を行ってきました。これは、海賊行為処罰・海賊対処法に基づく活動です。民間船舶を護衛し、海賊行為を防ぐための枠組みです。
しかし、ホルムズ海峡の緊張は、ソマリア沖の海賊とは性質が違います。
海賊とは、基本的には私的目的で行われる海上犯罪です。
一方、ホルムズ海峡で問題になるのは、国家、軍、準軍事組織、革命防衛隊、民兵組織などが絡む可能性のある安全保障上の緊張です。
相手が国家の意思や軍事作戦に基づいて行動している場合、それを「海賊」として処理するのは難しい。
したがって、ホルムズ海峡の安全確保を、単純に海賊対処法で行うことは困難です。
ここを混同すると、「ソマリアで船を守っているのだから、ホルムズでも同じことができるはずだ」という誤解になります。
米軍艦艇を守る場合は別の枠組み
もう一つ混同されやすいのが、米軍艦艇などの警護です。
海上自衛隊が米軍空母や補給艦などを守る場合に使われるのは、情報収集でも海賊対処でもありません。自衛隊法95条の2に基づく「米軍等の部隊の武器等防護」です。
これは、日本の防衛に資する活動を行う米軍等の部隊の武器や装備を、自衛隊が防護する枠組みです。
過去には、米補給艦や米空母、米艦艇などに対する警護の事例があります。
しかし、これも万能ではありません。
守る対象は米軍等の部隊の武器等です。日本の民間商船を直接守る枠組みではありません。
つまり、米軍艦艇を守る話と、日本船を守る話は、法律上は別です。
邦人退避は「海賊対処」ではない
さらに、邦人救出や退避の話も混同されがちです。
スーダンやアフガニスタンなどで行われた邦人等の輸送は、海賊対処ではありません。自衛隊法84条の4の「在外邦人等の輸送」です。
これは、海外で危険が生じた際に、邦人等を安全な場所へ輸送するための枠組みです。
ホルムズ周辺で邦人船員や在留邦人の退避が必要になった場合、この枠組みが関係する可能性はあります。
しかし、これは海峡そのものの安全確保や、商船護衛、機雷除去を行う枠組みではありません。
邦人を運ぶことと、海上交通路を守ることは、法的には別の問題です。
機雷除去はさらに重い
ホルムズ海峡で特に難しいのが、機雷除去です。
海上自衛隊には高い掃海能力があります。
湾岸戦争後の1991年には、海上自衛隊の掃海艇がペルシャ湾に派遣され、遺棄機雷の除去を行いました。
ただし、この時は戦闘終了後の機雷除去です。
問題は、戦闘が継続している最中の機雷除去です。
戦闘中に相手が敷設した機雷を除去することは、相手の軍事作戦を妨害する行為になり得ます。国際法上、武力の行使に当たる可能性があります。つまり、停戦が守られていない場所で戦争が開始されたときに、機雷除去作業をしていた場合、戦争に参加したとみなされるリスクもあるということです。
そうなると、単なる海上警備行動や情報収集では足りません。
日本が武力の行使を行うことになるなら、憲法上の制約と安全保障法制上の要件を満たす必要があります。
政府はこれまで、ホルムズ海峡における戦闘中の機雷除去について、存立危機事態として認定され、新三要件を満たす場合には、防衛出動のもとで実施可能となる場合があるという整理をしてきました。
この新三要件とは、簡単に言えば、次のようなものです。
日本に対する武力攻撃が発生した場合、または日本と密接な関係にある他国に対する武力攻撃が発生し、それによって日本の存立が脅かされ、国民の生命、自由、幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険があること。
これを排除し、日本の存立を全うし、国民を守るために他に適当な手段がないこと。
必要最小限度の実力行使にとどまること。
つまり、戦闘中の機雷除去は、単なる「通航の安全確保」では済まないのです。
日本経済に大きな影響がある。
原油価格が上がる。
タンカーが通れなくなる。
国民生活に打撃が出る。
こうした事情は重大です。しかし、それだけで直ちに存立危機事態になるわけではありません。日本の存立が脅かされるほどの事態なのか。他に手段はないのか。必要最小限度なのか。ここまで判断しなければならない。
だから、機雷除去は非常に重い議論になります。
「海自を出せばよい」では済まない
ここまで見ると、ホルムズ海峡の議論でなぜ法制度が重要なのかが見えてきます。
海上自衛隊には能力があります。
しかし、その能力を使えるかどうかは、法律上の根拠によって決まります。
情報収集なら、情報収集の枠組み。
日本関係船舶を守るなら、海上警備行動などの検討。
海賊なら、海賊対処。
米軍艦艇を守るなら、米軍等の部隊の武器等防護。
邦人を退避させるなら、在外邦人等の輸送。
戦闘中の機雷除去なら、存立危機事態や防衛出動、新三要件の問題。
このように、目的ごとに法的根拠が違います。
だから、「海自を出せるのか、出せないのか」という問いは、本当は少し粗い。
正確には、こう問う必要があります。
何をするのか。
誰を守るのか。
相手は誰なのか。
戦闘中なのか、停戦後なのか。
警察権で対応できるのか。
武力の行使に当たるのか。
どの事態認定が必要なのか。
国会承認は必要なのか。
現場の自衛官にどこまでの権限を与えるのか。
ここまで整理して初めて、自衛隊を出せるかどうかの議論になります。
つまり、自衛隊の問題は「能力があるかどうか」だけではありません。能力があっても、法律上の権限がなければ動けない。ここが、他国の軍隊と自衛隊の大きな違いです。 だから、ホルムズ海峡で「日本船を守れ」「機雷を除去せよ」と言う場合にも、単に「海自ならできるだろう」では済みません。
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