語学教室が、なぜ安全保障の問題になるのか――孔子学院と米国の警戒【前編】
孔子学園の教育とは
中国語を教え、中国文化を紹介する。それだけなら、国際交流の一環に見える。しかし、その教室が大学の中にあり、外国政府側から資金や教員が提供され、教員には本国の国益を守る契約上の義務が課されていたらどうだろうか。問われるのは、授業の内容だけではない。大学の中で、誰が何を決めるのかという問題だ。
中国語や中国文化を教えるという外形を持ちながら、中国政府の政治的立場や国家観が教育に入り込む可能性があるとしたらどうだろう。語学を学ぶつもりで入った教室で、「台湾」を「中国台湾」と位置づけるなど、中国政府の公式見解に沿った説明が当然の前提として教えられるとすれば、単なる語学教育の問題ではなくなる。
こうした外国政府による大学への影響力や、学問の自由、透明性、安全保障上の問題を米国政府は問題視してきた。孔子学院をめぐって米国で厳しい対応が取られてきた背景には、「中国語を教えること」そのものではなく、外国政府が大学教育にどこまで関与しているのか、という問題がある。
結果として、国防総省は孔子学園を安全保障上の脅威に指定した。
米国防長官のピート・ヘグセス氏が、孔子学院をめぐる新たな対応を発表した。「米国では、すでに閉鎖が進んでいたのではないか」と思った方もいるだろう。私もそうだった。今回の発表を理解するには、過去の規制と、名称を変えた組織への対応を分けて見る必要がある。
閉鎖は以前から進んでいた
孔子学院は、中国側の組織と海外の大学などが提携し、中国語教育や文化交流を行う拠点だ。中国側から資金、教員、教材などの支援を受ける。独立した大学というより、受け入れ大学内などに設けられる教育・交流事業である。
米国では2018年に成立した法律による資金制限などを背景に、閉鎖が進んだ。米政府監査院(GAO)の2023年報告によると、2019年ごろには約100あった孔子学院が、5未満に減少していた。大学側が閉鎖の大きな理由に挙げたのは、連邦政府の資金を失う懸念だった。存在を全国一律に違法化したことと、資金制限を通じて閉鎖を促したことは、区別しなければならない。
ヘグセス氏は2026年10月23日、名称や規約を変えて米大学内で活動する関連組織を問題視し、安全保障上の脅威に指定したと発表した。30大学に80組織があり、過去2カ月間に解体したという。これらの件数や活動目的は同氏の説明によるものだ。
教員は、誰の方針に従うのか
孔子学院の問題は、単に「中国について好意的に教えている」という程度の話ではない。米上院の2019年の超党派調査は、派遣教員らの採用と契約の仕組みを問題にした。
教員候補者は中国政府側が審査し、米大学はその候補者群から選ぶ。契約には中国の国益を守る義務があり、中国の法律への違反や国益を損なう活動によって契約が終了する規定もあったという。受け入れ大学には、教員がどのような基準で選ばれ、何に拘束されているのかを十分に確認できるのかという問題が生じる。
教員個人の善意だけに頼れる話ではない。中国政府が嫌うテーマを扱った際に、契約上の不利益を受ける可能性があるなら、それは授業で何を話せるかにも関わる。
資金提供を通じて、扱うテーマを制限する
米議会調査局の2019年資料には、具体的な働きかけも紹介されている。2010年、スタンフォード大学との孔子学院設置や教授職への資金提供をめぐって、中国側の統括組織「漢弁」が、その教授職ではチベットなどの敏感な問題を扱わない条件を提案したとされる。大学は拒否し、中国側も押し通さなかった。
お金をつかって中国が米国で扱ってほしくないチベット等の人権問題を議論や研究する自由を制限しようとしたかのように見える。
また、孔子学院のあったオレゴン大学で、中国領事館関係者が台湾独立を支持する人物の講演を阻止しようとした事例もあった。こちらも、成功しなかった。後者の主体は領事館関係者であり、「孔子学院が講演を中止させた」と言い換えることはできない。
いずれも、検閲が行われた例ではない。未然に防げた事件だからだ。しかし、外国政府側が大学の教育や議論の範囲に働きかけ、大学が拒否したという事実は残った。
契約と活動実態を検証できるか
GAOが調べた90の設置契約のうち、孔子学園については、42件の秘密保持に関する文言があった。
米上院調査は、孔子学院関係のJ-1ビザの不適切な使用があったと報告されている。計32件の取消しも報告された。そのうち13人の事例では、研究を行うと説明しながら実際には小学校で教えていたという。思想的な影響への懸念とは別に、説明と活動実態の食い違いも確認されていた。孔子学園関係者は子供たちにも影響を及ぼそうと動いていたことになる。
一方で、GAOが訪問した10大学の責任者は、大学側が運営を管理し、中国側から行事への制限は受けていないと説明した。台湾やチベットに関する行事の例もある。すべての学院で同じ介入が確認されたわけではない。
だからこそ、具体的な仕組みの検証は必要だ。誰が資金を出し、教員を選び、教材や行事を決めるのか。大学は不当な条件を拒否できるのか。その確認は、中国語教育と文化交流を信頼できるかどうかの重要なポイントだ。米国の例をみてきたが、それでは日本はどうだろう。
後編では、日本での孔子学園設置大学と政府の対応、国内で報告された事例を見ていく。ぜひ続けて読んでくださいね。

すでに登録済みの方は こちら

